Kotoba (December 2013)
JoJonium Vol. 1-3 (December 2013)
Interview Archive
An interview with Hirohiko Araki discussing the charm of museums and his appreciation of them.[1] It was published in the Winter 2014 issue of the Kotoba magazine on December 6, 2013.[2]
Interview
絵画は空間を支配する
ルーヴル美術館、グッチの歴史的建造物……世界の名立たる場所で原画展を開催してきた漫画家、荒木飛呂彦。同時に彼は、国内外を問わず膨大な数の美術館へ足繁く通う「観る側」の人間でもある。荒木飛呂彦流、美術館、そして美術鑑賞の流儀とは?
──美術館における荒木さんは、絵を観るだけでなく、観られる側の人でもあります。二〇一三年の六〜七月に、イタリアのフィレンツェで原画展が催されましたね。
荒木 グッチの主催で、グッチ創設当時は工房であった一五世紀の建物を会場として提供してくれました。フィレンツェは何度も訪れたことのある場所で、多少は土地勘もあります。『ジョジョの奇妙な冒険』の第五部でも、主人公たちが街中をけっこう正確に駆け回っているはずです。
──では、フィレンツェの美術館にも何度もいらしていますか?
荒木 ええ、ジョットの祭壇画がある教会や、ウフィツィ、アカデミア、ピッティ……ひと通りは回ったはずです。アカデミア美術館にはミケランジェロの名作『ダビデ像』があるのですが、その他は彼の未完成作品がいくつかあるくらいで、ほとんど『ダビデ像』を観に行ったようなものでした。そういう意味では、同様にミケランジェロの作品を公開するバルジェロ美術館と、フラ・アンジェリコの壁画を観るためにあるようなサン・マルコ美術館も、同じようなコンセプトかもしれません。サン・マルコ美術館は元々修道院で、どの部屋にも彼の絵があります。そして、アカデミア美術館の近くにあるのに、こちらはその陰に隠れていて人が少ない。けれども、名画が揃っているのです。フレスコ画は動かせませんから、観るためにはそこに行くしかないですよね。ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会もダ・ヴィンチの『最後の晩餐』が食堂にあるんですが、それだけのために毎日日本武道館の収容人数ぐらいたくさんの人が訪れます。特に近年は目立って混雑しています。もしかすると、それはデジタルが普及したことで逆に、デジタルではないもの……すなわち、実物に人々が価値を見出しつつあるということかもしれません。
──フィレンツェという街の魅力はどこにありますか?
荒木 街の環境が画家を作るというか、過去を大切にする思いがフィレンツェの街からは感じられます。現地でそういうものを感じながら絵を観るのは、借りてきた同じ絵を日本で観るのとは全く違います。やはり現地の雰囲気や匂い、文化的背景や歴史を作品が背負っているからでしょう。グッチの工房もそういう街にあるからこそ、京都の老舗のように伝統を守っていけるのではないでしょうか。
──フィレンツェ以外でイタリアの美術館は、どのような所に行きましたか?
荒木 ローマのモンテマルティーニ美術館は古代彫刻を展示しているのですが、建物が昔の発電所跡で、魅力的です。機械と一緒に彫刻が飾られています。それから、ナポリの国立考古学博物館にはローマ時代の二メートル、三メートル級の彫刻が「ドン! ドン!」と置かれていて、それだけでもう異空間のような雰囲気があるんです。その巨大さに、圧倒されました。
ヨーロッパは絵画の宝庫
──荒木さんはフランスのルーヴル美術館でも、二〇〇九年に原画展をしていますね。
荒木 光栄なことでした。宿泊や取材も許可されて、今は使われていない地下の収蔵庫も見せていただきました。警備を取り仕切っているのがガードマンではなく消防士だったり、天窓がある美術館の屋根裏には彫刻とかが転がっていたり、ルーヴルには知られざる一面がたくさんあります。その中で、ルーヴルが漫画にも力を入れているというのは、素晴らしいと思いました。
──一人の観客としてご覧になった、ルーヴル美術館の魅力というのは?
荒木 印象派以前の作品を網羅した総合美術館だけに、全ての作品を観るには、最低四日はかかると思います。全てが名作で、でも、それなのに名画の頂点に立つ『モナ・リザ』でさえ、近年まではガラスの囲いもなく、手の届く距離に飾られていました。特別扱いするわけでもなく、他の絵と絵の間にポンと飾られていたのですから、そのあたりに垣間見える「『モナ・リザ』も収蔵品の一枚にすぎない」というようなルーヴルの貫禄が素晴らしいと思います。フランスの美術館では、駅舎を改造して造られたオルセー美術館や、マルモッタン美術館も素晴らしかったです。ギュスターヴ・モローの美術館も自宅を美術館にしていて、とてもよい雰囲気でした。ロダン美術館も元は彫刻家ロダンの邸宅なのですが、立派な佇まいに伝統や、建物それ自体が持つセンスの良さを感じました。その他にもヨーロッパには、画家の家や教会のような、絵や彫刻と一体化した美術館がたくさんあります。国は異なりますがスペインのプラド美術館が大好きです。収蔵作品も美術館の規模も、完璧だと思います。ヨーロッパの美術館は石の建築物ですから、永遠に存在することを求められていると言えます。けれども、日本の場合は滅びては再生する過程を繰り返していく。それは、風土というより思想の違いだと思います。
──美術館で、お目当てにしている画家を教えてください。
荒木 やはりミケランジェロ。それからイタリアの画家では、カラヴァッジオやウッチェロが独創的です。どちらも現代絵画と言っても通用するような絵を描いていて、古臭さを感じさせません。イギリスの画家なら、ラファエル前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティとジョン・エヴァレット・ミレイでしょうか。特にミレイの『オフィーリア』は大好きです。描かれた女性の存在感や、牧歌的な雰囲気に惹かれます。 同じ「牧歌的な雰囲気」でも、イギリスの場合、そこに若干の物悲しさがあります。ビートルズの音楽もそうですが、青春の終わりのような切ない雰囲気が漂っているのです。風土的な特徴なのかもしれませんが、ターナーの絵に描かれる陽光もギラギラしていなくて、低いところから射し込んでいるように感じられます。プラド美術館なら、ベラスケス、ゴヤでしょうか。スペインにはピカソやダリもいますし、好きな画家ばかりです。翻って現代アートの場合は、やはりアメリカです。とにかく絵のサイズが大きくて存在感があり、圧倒されるという印象です。オレンジ色に塗られた小さな絵はただの塗り絵ですが、それが二~三メートルくらいの大きさになるとオレンジ色が壁のようになって迫ってきますよね。でも、漫画の場合は紙のサイズが決まっていますから、漫画家の立場からすると「それはルール違反じゃないか」と思ったりもします。