自らの“原点”に迫る第3期
演出 渡辺一貴
インタビュー
連載初期から『ジョジョ』の大ファンだったという演出の渡辺一貴さん。そんな彼が第3期のエピソードとして選んだのは、新作「ホットサマー・マーサ」と、自らの原点と語る「ジャンケン小僧がやって来る!」だ。いったいどんな思いで制作にあたっているのか、その舞台裏を直撃した。
――まずは、渡辺さんがドラマ『岸辺露伴は動かない』でどんな作業をしているのか、演出というお仕事について教えてください。
「演出」とひと口にいっても作品によって関わる程度は変わるんですが、『岸辺露伴は動かない』ではかなり広範囲に関わっています。そもそもの企画の立ち上げも僕から提案させていただきましたし、キャスティングや脚本作り、ロケハンといった準備、撮影現場におけるディレクション、撮影した映像の編集、MA等の仕上げ作業まで、すべての行程の責任者です。
――渡辺さんが『ジョジョ』をお好きだったことが、本作の企画の発端だと伺っています。『ジョジョ』のどんなところに魅力を感じますか?
『ジョジョ』の連載が始まったのは、たしか僕が中学生の頃だったと思います。週刊少年ジャンプ作品の中でもすごく異彩を放っていて、子どもながらに「これは何かが違うぞ」というスゴ味を感じていました。もちろん荒木先生の絵も印象的ですが、僕は特にセリフが面白いなと思っていて。普通の人だと絶対しないような言葉のチョイスや使い方がなされていて、なんだか漫画ではなく小説を読んでいるような感覚になることが多かったんです。それが『ジョジョ』に引き込まれた大きな要因だったと思いますね。
――特に印象的だったセリフや言葉とは?
ロックのニュアンスを取り入れたり、キャラクターのネーミングセンスがまずとても印象的ですよね。僕もロックが好きだったので、そういう遊び心も含めて面白いなと思っていました。セリフ回しで印象に残っているのは、第2部のジョセフが言う「おまえの次のセリフは〇〇という」ですね。彼のライトなキャラクターがシリアスな物語の中でも際立って感じられて、ああいうメリハリも荒木先生ならではの面白さだと思います。
――そんな『ジョジョ』シリーズの『岸辺露伴は動かない』という作品を実写化するにあたって、意識したことを教えてください。
荒木先生の絵はものすごい力を持っているので、それに引っ張られすぎないようにということは意識しています。実在の人間が演じるにあたって、漫画ならではの大きな動きを意識しすぎてしまうと絶対に無理が生じてしまうだろうなというのは最初から思っていました。なので、動きそのものよりも「そのキャラクターが何を考えているのか」や「なぜこういう動きをしているのか」といった本質的なところを重視して、何か違う形に――例えば衣装や小道具、ロケ場所などに置き換えられるのであればそっちで表現したいな、と。もちろん荒木先生の漫画も何十回、何百回と読んでいますが、ある段階からはそこを離れて脚本に向き合うことを心がけていました。
――確かに、「荒木先生の独特な色彩感覚」や「迫力のスタンドバトル」といった、『ジョジョ』のビジュアル面で印象的な要素は、このドラマ『岸辺露伴は動かない』シリーズにはあまり盛り込まれていないですね。
僕としては『ジョジョ』ではなく、『岸辺露伴は動かない』を原作でやるというところが肝だったんじゃないかと思っています。荒木先生は横溝正史[a]や江戸川乱歩[b]の世界がお好きだそうですが、『岸辺露伴は動かない』は『ジョジョ』以上にその雰囲気がより色濃く出ている気がするんです。日本土着の怪談的な要素が描かれていて、話自体はスタンドが出てこなくても成り立つと考えていたので、それであれば実写としてチャレンジできる気がしました。荒木先生がカラーで描かれる豊かな色彩表現を、そのエッセンスを活かしながらモノクロでダークなルックや扮装に変換し、怪奇ミステリーのような方向性で落とし込んでいけば、うまく融合できるんじゃないかなと思ったんです。
――なるほど、物語の不気味さや奇妙さといった要素をよりフォーカスしたんですね。ちなみに、ドラマ内で高橋一生さん演じる露伴が『ジョジョ』らしい立ち方をされる場面もありますが、あれは渡辺さんの演出なんですか?
いや、僕は一切指示していないです。今のお話にも繋がるんですが、『ジョジョ』の動きって普通の人が日常生活でするものではないので、そこに引っ張られるとなかなか芝居がつけられないんですよ。だから僕自身はそれを意識せずに、普通の人間ドラマを作る動きとして考えています。その考えは一生さんも同じだと思うんですが、リハーサルをやる中できっと「この動きの中だったら、無理なくこういうことができるな」と動きながら考えているんでしょう。それを本番にぶっ込んでくるというスタイルです(笑)。すごく自然に入れ込むから、僕自身も気づかないことが実はけっこうあるんですよ。先日も、本番が終わったあとで一生さんに「あそこであれを入れておいたので」と言われて。「気がつかなかったです」と言ったら、ニヤっとしていました(笑)。
――高橋さんの『ジョジョ』愛の表れだったんですね(笑)。露伴邸として葉山加地邸を選んだのはどういう理由だったんですか?
それも怪奇ミステリー的な世界観というところに繋がるんですが、ドラマでは積極的に舞台が杜王町とは言わないようにしているんです。それは場所を特定しないことで、観ている人にギリギリ「自分たちの身にも起こるかもしれない」と感じてもらいたかったからです。具体的な撮影場所としては、鎌倉や葉山、逗子のような「東京ではないけど東京に近くて、緑豊かな場所」とイメージしていました。実際に、坂なども含めて鎌倉周辺を使わせていただいています。なかでも葉山加地邸は、以前、別のドラマで一度使用させてもらったことがありまして、それがすごく印象に残っていたんです。フランク・ロイド・ライトのお弟子さんの遠藤新さんが設計された建築はどこをとっても絵になるし、ここに露伴が住んでいたらなじむな、と。ここであれば役者さんも楽しみながらお芝居をできるだろうと思い、葉山加地邸をセレクトしました。今回でもう3年目になりますが、それでもまったく飽きない魅力がありますね。
――続いて、第3期のエピソードに「ホットサマー・マーサ」と「じゃんけん小僧がやって来る!」を選択した理由を教えてください。
「ホットサマー・マーサ」は第2期の放送が終わったころに新作を描かれると知って、ぜひやりたいなと思っていました。平凡な私はタイトルから「きっとマーサという名前の女の子が出てくる夏の話だろう」と思っていたんですが、そんなことはなく(笑)。実際に読んで「こう来るか!」と驚かされましたね。同時に、現実と地続きな状況の中に露伴がいることもとても衝撃的でした。コロナ禍という設定のためにキャラクターが実在しているような近さを感じましたし、荒木先生の今の状況に対するメッセージも感じられて。奥深すぎて、この本質をドラマで表現できるのだろうか……と少し迷いもしたんですが、逆に言うとこれまでとは違う露伴の一面を見せられるということなので、ぜひ挑戦したいと思い、選ばせていただきました。
「ジャンケン小僧がやって来る!」は、そもそも僕が『ジョジョ』の世界を映像化したいと思ったきっかけのエピソードなんです。先ほど「『ジョジョ』のセリフが面白い」と言いましたが、このエピソードはまさにその典型的な例ですよね。腹を探り合ったり、駆け引きをしたりといった緊迫の心理戦が描かれていて、ふたりでただジャンケンをするだけなのにこんなにもハラハラドキドキさせられる。人と人とが深く対峙したときに起こり得る葛藤がすべて詰まっていると思います。原作のこのエピソードを読んだ当時、僕はまだこの仕事を始めたばかりだったんですが、反射的に「これをやりたいな」と思いました。もちろんそう簡単にできるわけもなく、それから長い年月が経った今、こうしてドラマ『岸辺露伴は動かない』を作れることになって。第1期では、小説からのエピソードもありましたが、基本的に『岸辺露伴は動かない』のエピソードから選ばせていただいて、その流れを経た第2期では『ダイヤモンドは砕けない』から「チープ・トリック」も使わせていただきました。そしてだんだんと表現の幅が広がってきた第3期。今ならば「ジャンケン小僧」をやれるんじゃないかと思ったんです。スタンドがない状況でどう表現するかが課題ではありましたが、露伴が相手と一対一でやり取りをするという、僕が『ジョジョ』を読んでいて感じた楽しさの原点に、今回チャレンジさせていただきました。
――その2エピソードをひとつの物語としてまとめるうえで工夫されたことは?
第2期で3つのエピソードを六壁坂の怪異によってまとめていましたが、今回も同様に、(脚本の小林)靖子さんがうまく繋がりを持たせてくださいました。先ほどもお話したような横溝正史的な世界観――土着の怨念や日本的な怪談の持つ怖さ、妖怪や未知のもの、怪異――そういったものに落とし込みたいということに加え、前回と重ならないものにしたいという思いもあって。編集部の皆さんともかなり打ち合わせを重ねて、いろいろなアイデアを出し、練っていきました。第1期、第2期を経て、どんどんハードルが上がってきているので、これまでとは違ったことを考えるのは大変でもあり、面白くもありますね。
――シリーズが長く続いてきたからこその課題ですね。
そうですね。でも、「どんなにシリーズが続いても、やることは変えない」というのはずっと考えています。第1期でご好評いただいて第2期が決まると「じゃあこの映像表現をもっと派手にしてみよう」「CGを増やしてみよう」となりがちですが、この作品はそういうことじゃないよね、と。なぜ皆さんが第1期を面白がってくれたのかという点を大切にしながら、第2期、第3期の制作にあたっています。「映像的な表現はむやみに広げないけど、作品の面白さを増やさなければいけない」というプレッシャーは大きいですが、そもそもの荒木先生の原作にパワーがあるので、そこにフォーカスしてやっていけば絶対に想像を超えるものを作れるだろうということは、スタッフのみんなが思っていることですね。
――高橋さんが演じる露伴、飯豊まりえさんが演じる京香のコンビについて、渡辺さんが考える魅力を教えてください。
露伴は、謎に対してまず疑うところから入って、その裏には何があるのかを探っていくタイプで、それは漫画家の探究心や表現者としての好奇心がそうさせているのだと思います。一方で、京香は不思議なことも受け入れて、その起こっていることからアプローチするタイプ。そんなふたりの違いが、いいバランスになっているのかなと感じます。京香は京香なりの直感・洞察力を持っていて、露伴が絶対に発想しないことを言うこともあって。だからこそ露伴はずっと編集者として彼女と付き合っているんだと思います。たぶん、ただ明るいだけの女の子だったら露伴先生はあそこまで相手をしないんじゃないでしょうか。
それは特に最初から意識していたわけではなくて、第2期、第3期とやるにしたがって、だんだんと「そういうことなのかな?」と感じてくるようになりました。いわゆる探偵ものだと、ホームズとワトスン[c]も、ポアロとヘイスティングズ[d]も、相棒が主役の優れた能力をしっかり理解していますが、京香はヘブンズ・ドアーのことを何も知らないんですよね。それでも京香は京香でちゃんと物語の謎に食い込んできて、関係性が成り立っているというのが、なんだか新しいバディの形だなと思います。あと、荒木先生が描く『ジョジョ』にもシリアスなところにユーモアがポンッと入ってくることがありますが、そういう意味で、露伴と京香のやり取りや京香の存在は物語のいいアクセントになっているのかなと感じています。
――ありがとうございました。最後に、今回の2エピソードそれぞれの見どころを教えてください。
「ホットサマー・マーサ」は、やっぱりイブちゃんだと思います。彼女のキャラクターと扮装は本当にぶっ飛んでいて、そんな彼女によって露伴はこれまでになく命の危険にさらされます。もしかしたら最強の「敵」なんじゃないか!?とすら思える存在感を放つ彼女に、ぜひ注目していただけるとうれしいです。
「ジャンケン小僧」は、露伴とジャンケン小僧、そして京香しかほぼ出てこないというところでしょうか。登場人物が3人で、しかもそのうちのひとりは少年というエピソードを、年末のスペシャルドラマでNHKが流してくれるなんて、と(笑)。僕が最初に『岸辺露伴は動かない』のドラマを作りたいと思った本質が、このエピソードには詰まっています。その究極のふたり芝居をぜひ楽しんでいただけたらと思います。そして、それを大人同士ではなく、子どもと繰り広げるというところが究極の奇妙さだと思いますので、そこにもぜひご注目ください。
渡辺一貴 WATANABE KAZUTAKA
演出家。1991年にNHKに入局し、大河ドラマや連続テレビ小説など幅広い作品で演出を担当。主な担当作に『龍馬伝』(10)、『平清盛』(12)、『まれ』(15)、『おんな城主直虎』(17)、『浮世の画家』(19)、『雪国-SNOW COUNTRY-』(22)などがある。