Kotoba (June 2019)

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Published June 6, 2019
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Kotoba Summer 2019

An essay written by Hirohiko Araki discussing the principles of storytelling he learned from the stories of Sherlock Holmes. It was published in the Summer 2019 issue of the Kotoba magazine on June 6, 2019.[1]

Interview

ホームズに学んだ、物語の基本原理

少年期より『シャーロック・ホームズ』シリーズに親しんできた漫画家・荒木飛呂彦。初の週刊連載作品『魔少年ビーティー』では、ホームズへのオマージュをふんだんに盛り込み、以降『ジョジョ』の連載に至るまでコナン・ドイルの画期的な創作手法を漫画作品へと応用してきた。「この世のあらゆる物語はホームズに通じる」と断言する荒木が、創作者の視点からホームズの魅力を読み解く。

 シャーロック・ホームズは物語の世界における基本原理の一つです。物理学の世界でいえば、相対性理論に匹敵するくらいのインパクトがあるものと言っていいでしょう。現代のサスペンス映画やアクション映画、テレビドラマ、ストーリー漫画の世界でもホームズがなければ、誕生さえしていない作品がたくさんあります。

 僕自身も少年時代にホームズを読んでいなければ、漫画家になっていたかどうかもわからないですし、『ジョジョの奇妙な冒険』も描けていなかったと思います。ホームズは僕の漫画家人生にとって守護霊のような存在です。

 ホームズが教えてくれたことは大きく分けて二つあります。まず一つ目が魅力的なキャラクターを作り上げることの重要性です。

 ホームズという人は、天才的な推理力を持っており、いろんな知識に精通していて、事件という謎に対して異常なまでの好奇心で迫ろうとする。その天才性ゆえに孤独であるということも重要な要素です。秘密も多そうですよね。ヴァイオリンを弾いていて、教養レベルも高いのになぜ事件にあれほど執着するのか。子ども心に、生活を維持するお金がどこから出てくるのかが不思議でしかたなかった。

 天才で秘密が多くて、そして孤独というのは物語の主人公にふさわしいのですが、一方で死体を鞭で打ったり、夜に怪しげな実験をしていたり、友人のワトスンに「君は観察していない」と皮肉を言ったりしていて、普通に社会生活を送ることができそうにもないという弱点もあります。BBC版『SHERLOCK/シャーロック』に登場するホームズなんかもはっきり言って、相当嫌なやつです。

 ホームズがすごいのは、天才なんだけど嫌なやつというキャラクターを確立したことにあります。「天才かつとても良いやつ」というのは、人間として完成されすぎていて、かえって魅力がなくなってしまう。欠点があることでキャラクターとしての深みが出てくるんです。『SHERLOCK』でも、嫌なやつなのに、最後はワトスンとの友情を大切にして、最大の悪役であるモリアーティと対決するというところに視聴者はグッときてしまうわけです。

 そして忘れてはいけないのが「孤独」。僕はヒーローの条件の一つに孤独であるということがあると、常々考えていました。いざというときに一人で戦えなかったり、事件を解決できなかったりということがあっては、ヒーローとは言えない。ましてやシリーズものの主人公にふさわしいとは言えないのです。コナン・ドイルはホームズ・シリーズを通して、孤独を引き受けながらも、事件を解決していく主人公像を作り上げることに成功しており、それこそが「ドイルはすごい!」と言いたくなるポイントです。

 ホームズのキャラクター設定を応用している主人公はとても多いですよね。一例を挙げれば、映画『羊たちの沈黙』でアンソニー・ホプキンスが演じたハンニバル・レクターです。彼はホームズよりも危ない人物で、人食い殺人犯として収容されている身でありながら、FBI訓練生のクラリスに連続殺人事件についてのアドバイスを送り、事件解決に協力していきます。レクターもホームズがいなければ、誕生し得なかったキャラクターだと思います。

「ワトスン話法」という発明

 二つ目の教えが物語の語り方です。僕が、コナン・ドイル最大の発明だと思っているのが「ワトスン」というキャラクターです。ホームズが自分の成功譚を語る、では作品としてかなり魅力に欠けてしまいます。ホームズが自ら手柄を語るというのは、彼の性格と明らかに矛盾していますし、何より語る動機がない。動機がないことを主人公がやり始めると、物語は途端につまらなくなってしまいます。

 これを解決するのがワトスンの語りなんです。ホームズが変わっていて、嫌なやつであっても読者が共感できるというのは、ワトスンの語りがあってこそなんです。彼が社会に知られていないホームズという人物を語り、彼の事件解決までの過程を手記として発表することで、物語は矛盾なく成立する。

 ワトスン役を置く方法は、エドガー・アラン・ポー(世界初の推理小説を書いたアメリカの作家)の影響を受けたと言われているけれど、原型を今の時代にも通用する形に発展させたのは間違いなくドイルでしょう。実はワトスンという最大の脇役を描くのは主人公を描く以上に難しいんです。ホームズはキャラクターとしてはこれ以上ないくらいに完成された主人公なので、彼とワトスンがどう向き合っていくか。ここは後でも話しますが、かなり解釈が分かれます。ここで押さえておきたいのは、魅力的なキャラクターがいて、魅力を伝える語り手がいるというスタイルが完璧だということです。それは基本のパターンを確立すれば物語を描けてしまうからです。

 今だから堂々と言えますが、僕が初めて「週刊少年ジャンプ 」で連載した『魔少年ビーティー』は完全にホームズのパクリです。主人公のビーティーがホームズで、語り手になっている相方の公一くんがワトスンです。初回の冒頭に出てくるビーティーのチェックのスーツや帽子といった衣装なんかも、ホームズ―僕が子どものときに熱中して観ていたイギリス・グラナダTV版の『シャーロック・ホームズの冒険』―の影響ですね。この連載で僕が使っているのも、公一くんが語り手となりビーティーというミステリアスな主人公の冒険譚を語るという方法です。タイトルに「魔少年」と付けたのは、天才で善人というだけの主人公はつまらないと考えていたからです。


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