荒木飛呂彦の取材術
第9部『The JOJOLands』連載開始前、荒木飛呂彦はハワイへ飛んだ。物語の舞台となるオアフ島とハワイ島で現地取材を敢行したのだ。荒木飛呂彦は取材で何に重きを置き、どんなふうに動き、何を得ているのか――同行した編集者たちの証言をもとに、その「取材術」に迫る。
文・構成/門倉紫麻
取材は必ず自ら行くようにしている、と語ってきた荒木。行きたい場所、またジョディオ・ジョースターの通う学校や岸辺露伴が滞在する別荘のモデルなど見たい場所を荒木がピックアップし、それをもとに荒木と編集部が協議してオアフ島とハワイ島をめぐる旅程を組んだ。
取材時期は、『The JOJOLands』の大まかな物語ができた頃。同行した編集者は「荒木先生は打合せの際はいつもスケッチブックに物語の骨組みを書いて説明してくださるんですが、今回はその骨組みがある程度固まった段階で取材に行きました」(※以下「 」内は編集者のコメント)と話す。
荒木は著書『荒木飛呂彦の漫画術』で、現地に行くと〈自分が必要とする部分がどこなのかリアルにわかりますし、現場で思わぬアイディアが浮かぶことがあります〉と語っている。
「現地で見聞きしたことによって、“骨”に“肉”が付けられていったというか……具体化されていったのだと思います」
主人公・ジョディオのキャラクターの方向性は、『ジョジョリオン』の連載終盤から荒木の中で定まりつつあったというが、やはりハワイという土地と、そこに暮らす人々から得たものがキャラクターの具体化に大きく役立った。タクシー運転手など現地の人からキャラクターのイメージがふくらむような体験談を直接聞くこともあったが、荒木の取材の基本は人々の行動を「よく見る」こと。若者の服の着こなし方などもよく見ていたという(さらに「見たことをすごく覚えている」のだという)。
また、現地の人々だけでなく、編集者やガイドなど同行者の行動も、荒木は「見る」。例えば、レンタカーショップでは、編集者たちが車を借り、乗り込む流れを見ていた荒木。第2話には、その体験をもとにしたと思われる、ジョディオ一行がハワイ島のコナ空港でレンタカーショップに立ち寄るくだりを登場させている。ジョディオたちが思い思いに車に乗り込み、レンタカーショップ店員の呼び込みの声を背にレンタル料について会話する様子など(もちろん編集者たちの会話内容とは異なるが)、短い描写の中に濃厚なリアリティが漂っている。
〈観察しろというのは……/見るんじゃあなくて観ることだ…/聞くんじゃあなく聴くことだ〉。空条承太郎のこのセリフにならえば、荒木がこうして常に“観て”いることが、キャラクターや物語を肉付けし、リアリティを高めているのだろう。
写真の撮影は、基本的に荒木自身が行う。
今回荒木は“そこ(現地)にどんな植物が生えているかとか、見たいんだよね”と、植物園にも長く滞在、多くの植物をカメラに収めた。
荒木は、全体像をおさえつつも細部を撮ることが多い。例えばフェンスなら、網目はどう編まれているのか、ボルトはどう止まっているのか、など細かな部分を撮影していくのだ。
〈今はネットでなんでも見られると多くの人が思っているかもしれませんが、例えばパトカーのデザインやポストの形、郵便配達人の服装、トイレがどうなっているかなど、自分の目で見ないとわからないこともたくさんあるのです〉(『荒木飛呂彦の漫画術』より)
現地で細部にこだわる姿を見た編集者は、荒木は「脳内の物語イメージの解像度を上げる作業をしているのではないか」と話す。
「取材した場所で、実際に作中と同じことが起きているわけではないですが、ジョディオたちが活躍する舞台である各ロケーションを実際に目にして細部まで脳に焼き付け、その場の解像度を上げることで、限りなく実在に近いものとして――この場所にジョディオが存在している、と読者に思わせることができるレベルのものとして、描けるようになるのだと感じました」
取材先に行くのを取りやめるなど大幅な予定変更はほぼなかったものの、時間配分は度々変更された。
現地で、荒木が十分取材ができたと思えば、時間が余っていても切り上げて別の取材に時間をかける。例えば、作中でジョディオらが出入りする車のスクラップ工場のモデルになった場所では、予定していた倍以上の時間、滞在している。
一見特徴のなさそうな道を車で走っている際に、荒木が“あの辺りが見たいな。ちょっと歩こうよ”と提案、車を止めて道路のディティールを撮影したり、冷えて固まった溶岩の写真を撮ることもあった。
また、自身の興味で動くだけでなく、偶然の出会いにも敏感に反応する。例えば、ある街に入った途端、濃厚なチキンの匂いが漂ってきたことがあり、車から降りてみたところ、チキンの路上販売が行われていることがわかった。すると、荒木はすぐに興味を示し、その珍しい焼き方――トラックの荷台を改造しチキンを焼いていた――の細部まで写真に収めた。
荒木が特に熱心に取材したがったのは、観光客が好むような場所ではなく、現地の人々が通いそうな飲食店など日常的な場所。同行の現地ガイドも、そんな荒木の興味を優先して臨機応変に動いた。当初は観光客を案内する時と同じような説明をしていたものの、早々に荒木がどんなことに興味を持つかを理解すると、こういうものが見たいのでは? と予定にはなかった場所にも案内した。
こうして荒木の興味によって旅程も少しずつアレンジされていった。
荒木が、特にガイドの説明に熱心に耳を傾け、自らも積極的に質問していたのは土地に関すること。その土地の成り立ちや、歴史、人々がそこでどう暮らしているのか、どんな人が観光に来ているのか――。“なぜ同じ場所に形状の違う溶岩が存在するのか”と自ら気づき、質問することもあった。
編集者いわく「荒木先生は、もともと土地に興味がある方だと思います」。日本でも荒木と共に歩いている時に、ふと“ここは暗渠[a]なんだよ”と道路を指して説明されることがあったのだという。
また今回のハワイに限らず、荒木本人だけでなく編集者も取材で現地に足を運ぶことの意義を“現地に行くと、その土地に愛着がわくから”と語っていたという。
「現地の空気を共有することを大事にされているのだと思います」
作品に関わる者がその土地に愛着を持ち、空気を共有する――現地取材でしか得られない、最も大きなものの1つかもしれない。
かなりの過密スケジュールの中、同行者を驚かせたのが荒木の「無限のように思える」体力。暑い中でも、荒木はずっとアクティブだった。
朝は早くに起床、ホテルのプールでひと泳ぎし、朝食もしっかりとる。夕方まで取材をこなし、短い空き時間には散歩もする。
そんな姿を見た編集者は「楽しみながら取材をしているように感じました」と口にする。「仕事の義務感だけで動くのはつらいし、だんだん必要なことしかやらなくなりがちですよね。でも先生は、いろいろなことを面白いと思う方なのかなと。面白そうだと思ったら、パッと動く。本当に軽やかで見習いたいと思いました」
最後に……取材術と直接関わりはないが、旅の中での、こんなエピソードを。レストランなど食事の場所に、荒木は取材中に着ていた短パンからきちんとした服装に着替えてから出向くのだという。「お店への敬意を感じました」と編集者が言うように、荒木飛呂彦の人間性が感じられる。
荒木が楽しみながら取り込んできたハワイを今、我々読者も物語を通して味わっている。今後どんな形で味わわせてくれるのか……さらに期待して待ちたい。