V Jump (02/1993)
An interview with Hirohiko Araki from the V Jump magazine, published on February 21, 1993.[1]
Summary
Interview
荒木飛呂彦vs.酒見賢一 漫画も小説もプロレス流に描こうじゃないか
「後宮小説」「墨攻」等、新鮮な息吹あふれる作品を次々に発表する酒見氏と、 『週刊少年ジャンプ』誌に「ジョジョの奇妙な冒険」を連載中の荒木氏、 小説界と漫画界の気鋭が (物語) の魅力を熱論。 ふたりに相通ずるココロは・・・・・・常に全力投球!
●中国のことは全然知らない
荒木 恥ずかしながら酒見さんの作品は『墨攻』しか読んでいないんですけど、なにか私と共通点があるような気がするんです。感情のおもむくままに書きつづっていく人というのは、最初と最後であまり関係なかったりしますけど、酒見さんのは理論的に物事が進んでいきますよね。そういうところが似ているかなと。
酒見 論理的に書いてるつもりはないですけど、いわゆる歴史について書くわけだから、資料はちゃんと集めなきゃいけないということで。でも、緻密な計算なんてないんですよ、実は。
荒木 やはり、昔から中国のことを調べていたんですか。
酒見 いや、中国のことは全然知らないんです。つくって書いているから、ちょっと恥ずかしい。
荒木 そうなんですか。でも、漫画にもそういう人がいっぱいいますよ。拳法にしたって、うそばかり書いてますから。
酒見 でも、知らないのに書くというのはちょっと怖いですね。識者の指摘とか、中国に一年なり住んだ会社員とかに、こんなことないよとか言われたら、もうそれでアウトじゃないですか。今のところはないですけど、今後、ありそうですね。
荒木 といっても、ある程度は創作する歴史みたいなものもあるわけだから。
酒見 僕はみんなつくり物ですよ。だけど、全然存在しないような武器を書いたりしてはいけないし、実在の国を勝手に滅ぼしてもよくないし。その程度の制約があるだけですよ。
荒木 でも、歴史上の人物を出すときは、もういつ死んだのかわかっていますよね。そういう場合は、ちゃんとそこで死ななきゃいけない。
酒見 大丈夫、『墨攻』には歴史上の人物はほとんど出てこないから。
荒木 そうなんですか。いや、僕はてっきり漢字が出てくるともう、実際にいた人かと。
酒見 要するに、映画をつくるときに荒れ地を見つけて、そこにセットをつくってという感じなんです。城も自分で考えてつくったものですし。 荒木 ビッグコミックで漫画になっていますけど、あれは酒見さんの想像通りの絵になっているんですか。
酒見 というより、僕はあの頃の服装も全然知らないから、ああ、こんな服着ているのかとかね。
荒木 そうなんですか。(笑)
酒見 貴族の服なんかはわかるんですね、ちゃんと絵が残っているから。でも、庶民がどんな服を着ていたとか、何を食べていたかなんていうのは、全然わからないわけですよ。城にしても、あの頃の城壁は残っていないですから、難しい問題をいっぱいはらんでいるんでしょうね。
荒木 遺跡みたいのはあまりないんですか。
酒見 いっぱいあるんですけど、さすがにニ五〇〇年前となるとちょっと難しい。エジプトとかギリシャは石でつくってあるからちゃんと残っているけど、中国のは叩けば壊れるんですね。あれ、土を固めてつくっているらしいから。だから、そういう意味で、本当はあの小説はうそが書いてあるんですけど。
荒木 でも、全然うそだと思わなかったな。
酒見 だから、どうも中国物のエキスパー卜だと見られてしまいがちで。僕は嫌だ嫌だと言っているんですけど。SFも書いていますし、別に中国物にこだわって書いているわけじゃないんですよ。
●読者の想像をおもしろく裏切る
酒見 ジャンプで連載している『ジョジョの奇妙な冒険』でも格闘技が出てきますね。荒木さん自身、格闘技はけっこうやっているんですか。
荒木 全然やっていません。剣道をやっていたことはあるんですけど。
酒見 見る方も?
荒木 ないですね。テレビでやっている程度なら見るんですけど。それに、格闘技を書いているという感じはあまりないんです。酒見さんもそうだと思いますが、人間の駆け引きというんですか、その辺がおもしろいわけで。だから、プロレスとか、はっきり言って嫌いですね。
酒見 荒木さんはそうおっしゃるけど、実は、プロレスも同じなんですね。プロレスだと相手の外人なりなんなりの力を、十分引き出してからやっつけなきゃいけないというのがあるわけですよ。ようするに、未知の格闘家が襲来した場合、相手の持ち技を出さないうちに倒してはいけないわけです。向こうの強さを何回か観客およびレスラーに見せつけた後で倒すべきなんですね。漫画でも同じだと思うんです。はっきり言って、危険なやつだったらすぐ殺しちゃえばいいんだけど、やっぱり、相手の凄味を見せつけた後で一発逆転する。これは絶対に必要なことです。
荒木 一撃必殺だったら、ジャンプみたいな長い戦いはできない。(笑)
酒見 その辺で、前田日明がいた頃のUWFなんかは悩むわけですね。弱いやっだったら一分で倒せるんですよ、本当はね。でも、相手のすごい技を見せた後で、さらに倒さなければいけない。それが八百長だと言われている現状があるから悩むわけです。
荒木 それで分裂したりするんですね。
酒見 そういうことですよ。この前でも、ボクシンクのトーレバー・バービツクとUWFインターの高田延彦がやったとき、本当はバービックのパンチの凄さを存分に見せつけた上で倒すべきだったのに、高田はいきなりやっちゃったものだから、バービックは逃げちゃった。
荒木 それも戦いの方法だと。
酒見 バービックのパンチは三〇〇キロ以上のパンチというんだから、そんなもの受けたら終わりですから。その前にガンガンに蹴りまくった。格闘者としては正しいんですね。でも、プロレスでは間違いなんです。バービックの脅威を存分に見せつけてフラフラになってから逆転しなきゃいけないんです。だから、セメントはつまらない場合が多い。
荒木 セメントというと?
酒見 ガチンコとか言いますけど、真剣勝負のことです。プロレスとしてはちよっとまずいと思う。その意味では、漫画もそうだと思うんですよ。『ジョジョの奇妙な冒険』でも、肉を切らせて骨を断つという勝ち方が多いですよね。鏡の中でしか動けないやつとか、夢の中で襲ってくるスタンドとか、いろいろな相手が出てくるわけですけど、どうやって倒すのかと毎週楽しみです。
荒木 書く前に、一応、こんな感じかなというのはあるんですけど、書いていて、こうやって倒したらだめなんじゃないかとか思うんですね。
酒見 ふつう、漫画だとだいたい先が見えるんですけど、荒木さんのは先が見えない。どうやって倒すんだろうと。
荒木 そこが嫌いな人もいるんですけどね。
酒見 いや、これはすごいことですよ。読者の想像とか期待を裏切りつづけて、なおかつおもしろく裏切るというのが正しい姿と思いますね。
荒木 その意味で『墨攻』は感心しました。
酒見 僕も、そいつが凄いやつだというのを見せてから倒さなきゃいけないですから。
●毎週毎週、必死
荒木 さっき、酒見さんと似ていると言いましたけど、やっぱり心理戦なんですね。これがおもしろい。酒見さんの小説もみんなそうですね。そういうところが、ちょっと似ているなと思ったんです。
酒見 僕は、荒木さんのことは手塚賞をお取りになった『武装ポーカー』から知っているんです。あれに荒木さんの資質というのは出ていますね。ポーカーのトリックとか、やっぱりギャンブル好きでしょう。
荒木 まあ、大抵やります。私は、あまり負けないですよ。勝っているところでやめることができる男なんです。
酒見 外国でもやるんですか。
荒木 やりますね。エシプ卜でもグランカジノというのがあるんですが、一人で乗り込みましたから。
酒見 で、勝負は?
荒木 勝ちましたよ。お土産代は全部ギャンブルで取りましたから。
酒見 力ードゲームですか?
荒木 そうですね。あんまり時間がかかるのはだめですね。
酒見 やっぱり、ギャンブルでも機械相手じゃなくて、人間相手が好きでしよう。
荒木 そうですね。たとえばルーレットにしても、向こうのディーラーはプロフェッショナルだから、ちゃんと自分の好きな番号に入れられる腕があるんです。そういうプロを相手に、裏の裏の裏ぐらいから見ていくんですね。すごい心理戦なんですよ。
酒見 それでも、なかなか勝てない。
荒木 儲かるとやめないから。もうちょっとと思うんですね。でも、僕は勝っているところでやめられます。ギャンブルの楽しさは駆け引きですから。ぼくの漫画の面白さのひとつも心理戦にあると思っています。
酒見 その意味で、僕としては、実力者同士の戦いというのにすごく興味があるんです。でも、将棋とか碁の実力者というのは百手か二百手読みながら扇子をあおいでいるわけで、素人がその心理戦を描くというのはほとんど不可能ですよね。その点、相撲は一場所かけて実力者同士の戦いが見られる。だから人気があるわけですね。
荒木 プロレスはどうなんですか。
酒見 まあ、団体の思惑などがあって、卜ップ同士の戦いはまずないですけど、心理戦という面ではすごい。
荒木 奥深いんだなァ、プロレスは。
酒見 奥深すぎて、ほんと、八百長とか真剣とか言っている段階の人たちが可哀相だと僕は思いますよ。小説も漫画も一緒で、真剣漫画と八百長漫画があると思うんです。
荒木 そうですね。
酒見 相手の力を極限に引き出しておいてからかかっていく。相手の力を見せておかなきゃいけないわけですよ。荒木さんの漫画でもプロレス的に相手の技を読者に見せ切った上で、どうするんだろう、どうするんだろうと思わせておいて、ちゃんときっちり倒してしまうというのがいいんです。アイデアを出し惜しみしていない。
荒木 なにか、自分を試練に陥れるときがあるんですよ。最初はどうやって倒すかわからないまま、とにかく強くしちゃって追い込むんですね。
酒見 僕がそれをやると、助け方がわからなくなっちゃうので、あまりやらないんです。あまりに不利な状況で戦うというのは、やっぱり。その点、荒木さんはちゃんときっちり倒してしまう。そこがいいんですよ。つぎからつぎへとアイデアを出し惜しみしない。『ジョジョの奇妙な冒険』でも、もう十何人も倒してますけどみんなすごかった。
荒木 スタンドだけで三十通り近く考えているんですね。やっぱり、漫画ではその週のお楽しみがきちんとないとだめですから。どうしても話というのは山あり谷ありで流れていくけど、谷のところがずっと続いてしまうような話だと、ストーリーとしては必然性があっても、その週としてはおもしろくないですから。
酒見 その意味で、荒木さんのアイデア構成というのはすごいですね。アイデアのひとつに「波紋」がありますね。
荒木 肉体の限界みたいなものを追求して考えたことがあるんですよ。どこまで変身できるかとか。そしたら、赤外線で写したらオーラが写っていたとかね、科学的に「気」の研究がされているわけです。あと、宇宙からエネルギーが来ているとか、いろいろ不思議なことがある。こういうのは全部、ひとつ共通している何かがあるんじゃないかとか。そんなふうに発想していくんです。それで、読者にわかりやすいように、元気の「気」とか「波紋」だとか名前をつけるんですね。
酒見 「スタンド」もそうですか。
荒木 守護霊じゃちょっとあれだなあとか。それで、とにかく、枕元に立つからス夕ンドと名付けたんですね。でも、そろそろアィデアも使い切ったという。
酒見 いや、アイデアを先延ばしとかやっちゃだめだと思いますね。
荒木 ジャンプでそれをやったら生き残れない。毎週、その週の見せ場をつくらなきゃいけないわけですから。みんな、来週のことしかわからない。
酒見 小説よりも漫画の方の完成度が高いというのもそこに理由があるんでしょうね。
荒木 まあ、毎週毎週、必死であることは間違いありませんけど。
●ストーリーを追うだけなら簡単
酒見 漫画でいいのは、キャラク夕ーを立てるというのが一番だということですよ。持ち技とか個性をがんがん描いて、キャラク夕ーを立てられる。
荒木 確かに、キャラク夕ーが立たなければ、漫画は成立しません。読者にどうアピールするのか、毎週あたまを悩ますところです。キャラクターの魅力をひきだすために、どんなエピソードを描くのか、それが一番問題なんです。
酒見 小説は違うんですよ。キャラク夕ーを立てるより人間を書けというんです。
荒木 同じことじゃないんですか。
酒見 違うようです。要するに、突拍子もない人間を書いてはいけないんですよ、人間を書けといわれた場合。僕から見れば、ふざけるなということですけど、何か小説界というのはそういう仕組みになっているみたいでね。僕の世代になると、もうそんなのは関係なくて、はっきり言って、荒木さんのほうが上だと思っているんです。
荒木 そうでしょうかね。ただ、言えることは、漫画の世界ではつじつまをあわせただけのストーリーは通用しない。ストーリ—を追うだけなら簡単なんです。でも、キャラク夕ーにとって必要なエピソードを入れて、それでなおかつ、つじつまを合わせるとなると、これは難しい。毎週、作品があがると、頭の中はカラッポですね。
酒見 小説家のなかには、アイデアを出し惜しみして、このアイデアはこの短編にとっておこうとか、そういうケチくさい人がいるんですよ。僕は、今考えていることはすべて書くという方針だから、書き終わるとゼロになっちゃうんです。で、うまく浮かんでくるのをまた待っていなきゃならない。でも、そういうものなんじゃないですかね。要するに、推理小説だと一つの短編に一つのアイデアとか、プロなら当り前かもしれないけど、あざといことを考えたりする人が多いんですね。そんなことをせずに、三つ思いついたら三つ入れればいいじゃないかと、僕は思うんです。だから、まだ固まっていないんです。
荒木 僕も同じですよ。固まっていない。
酒見 僕はまだ二年ちょいですから。ポッと出ですね、まだ。
荒木 すごいですよ。『墨攻』を読んで、久しぶりに小説をおもしろいと思いましたもん。僕、思うんですけど、酒見さんの作品はイメージがはっきりしているから、漫画とか映画に向いているんじゃないですか。
酒見 絵にしやすいとは言われますね。でも『敦煌』ぐらいのお金をかけないと映画にならないでしょう。
荒木 『墨攻』を映画化したら『七人の侍』に匹敵するんじゃないかという感じがしましたけど。
酒見 僕は全然念頭になかったけど、よくそう言われますね。
荒木 かなり太い感じがあるし、ドーンという感じがあるし。元気な頃の黒澤明監督に撮ってもらいたいですね。
酒見 黒澤明監督にしても、同じ手法に絶対安住しませんよね。同じ映画は全然つくらない。そういう点が大好きですね。あのお年で、まだ新しいことをしたいのかというような、凄まじい人間だと思いますね。
荒木 日本の映画であれだけの映画作家というのは、その後、いませんよ。
酒見 もっとも、最近のはつまらない。でも、黒澤監督は、エン夕ーテイメントがわかった上で、ああいうわけのわからん実験的なこともやっているということで許せるわけです。若手のときから実験的なことばかりやって、妙に変な評価があるというのはちょっと気に入らないです。(笑)
荒木 エンターテイメントをしっかり押さえた上で、変なことをやってくれと言いたいですね。