Kazutaka Watanabe x Otocoto (May 2023)
Interview Archive
MdN (September 2023)
An interview conducted with Kazutaka Watanabe, film director for the "Thus Spoke Kishibe Rohan" TV Drama and film, published on otocoto.[1]
Interview
特殊能力を持つ人気漫画家・岸辺露伴(高橋一生)は、青年時代に淡い思いを抱いた女性・奈々瀬(木村文乃)からこの世で「最も黒い絵」の噂を聞く。それはこの世で最も黒く最も邪悪な絵だった。あるとき、その絵がルーヴル美術館にあることを知った露伴は、取材とかつての微かな慕情のためフランスを訪れ、「黒い絵」が引き起こす恐ろしい出来事に対峙することになる。
荒木飛呂彦の大人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」から生まれた傑作スピンオフ「岸辺露伴は動かない」は、2020年に高橋一生を主演に実写ドラマ化され反響を呼んだ。その制作チームが日仏を股にかけ、美の殿堂ルーヴル美術館を舞台に展開される初の劇場長編映画に挑む。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の渡辺一貴監督に、ルーヴル美術館での撮影の様子、映像作品への想いなどを伺いました。
岸辺露伴が現実にルーヴルへ行くという奇跡 池ノ辺 渡辺監督は、ずっと人気テレビドラマシリーズ「岸辺露伴は動かない」を手がけてこられて、今回満を持して『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の映画化となったわけですが、実際その話が来た時はどうだったんですか?
渡辺 2020年の夏にテレビシリーズの1期を撮影していたんですけど、その頃から一生(高橋)さんたちと雑談で、「「ルーヴル〜」を映画でできたらいいよね」みたいな話をしていたんです。ただ、その頃は本当にただの雑談、夢のまた夢で実現性の全くないものだと思っていました。それが、1期の放送が終わった後、21年のはじめにアスミック・エースさんから、「映画化しませんか」というお話をいただいたんです。しかも先方も「「ルーヴル〜」どうですか?」ということだったので、これはもうご縁だと思いました。
池ノ辺 最初から「ルーヴル美術館で撮影できるぞ!」という感じだったんですか。
渡辺 当初は、ルーヴル美術館で撮影するというよりは、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』を映像化できる、というのが真っ先にあって、物語はパリパートだけではないですし、若い頃の露伴の造形をどうしようかとか、いろいろ考えなければいけないことがたくさんあって、実際にパリに行ってルーヴルで撮影をするという具体性にまでは思い至っていなかったんです。しばらくしてから「考えてみたら、ルーヴルで撮影するってすごいことだけど、本当にできるのかな」とじわじわと感じてきました。
池ノ辺 私も、ルーヴルでの撮影といってもせいぜい画のなかに外観を入れるくらいなんじゃないかと思っていたら、館内での撮影もあると聞いて、本当に驚きました。実現させるまでは大変だったんじゃないですか?
渡辺 それは僕というよりはプロデューサーの方たちががんばって交渉してくださって成立したことです。実は原作では、ルーヴルでオフィスからすぐに「Z-13倉庫」に行ってしまって、館内の描写は少ないんです。でもせっかく行くのなら皆さんが思い描くルーヴルの雰囲気もしっかり出したいと思って、追加でいろいろお願いしてしまいました。それも含めてルーヴル側との調整は大変だったと思います。
本物のアートが持つとてつもないエネルギーを感じながら 池ノ辺 聞いたところでは、ルーヴル美術館での撮影ロケが許可されたのは、邦画では2作目ということですが、本作ではモナ・リザの前でも撮影されていましたよね。傷つけちゃいけない、何かあったら大変とか、こちらの方が心配してしまったんですが(笑)、撮影はどうだったんですか。
渡辺 下見には何度か、たぶん合わせて10回くらいは行ったと思います。
池ノ辺 コロナ禍の時期に行けたんですか?
渡辺 そうです。とは言っても、1日に2回とか、翌日もまた行ったりとか、という形でしたけど。でもその時は開館時間内で、お客さんもたくさんいて、特にモナ・リザのある部屋などはぎゅうぎゅうなんです。それが、正式の下見の際に閉館後のルーヴルに足を踏み入れてみると、誰もいない館内は昼間とは全く別物であることがわかったんです。準備していった時とは全く違った印象を受けたので、考えてきたことはすべてリセットして、とにかくこの場で感じることをそのまま受け止めながら進めていこうと思いました。
池ノ辺 違いというのは、どんな?
渡辺 やはりお客さんがいない分、絵の存在感がさらに増してくるような気がしました。特にあそこにかけられている絵には、一つ一つに物語があるわけですよね。例えば肖像画にしても、どんな時代の人物なのか、そこに至るまでにどんな人生を辿ってきたのか、もしかしたらその人は人を殺していたかもしれないし、逆にすごく悲惨な目に遭っていたのかもしれない。そんな、絵に込められた人物の背景とか、歴史というものがダイレクトにのしかかってくるような感じでした。空間は広いのに、何か息が詰まるような切迫感がある印象を受けながらの撮影だったんです。
池ノ辺 確かにアート作品を見るって、そういうところがありますね。そこには歴史があって、怨念やら何やらすごいエネルギーが渦巻いているという‥‥。トラブルとかはありませんでした?
渡辺 トラブルはなくて、基本的にはスムーズに進みました。もっとも、撮影できるのが閉館後から翌朝までと時間が決まっていましたから、トラブルが起きたらそこで終わってしまうくらいのスケジュールでして、もうとにかくワーっとやっていくしかないということではあったんですが。でも、撮影が深夜でしたからね。さらに何か出てきそうな、そういう時間帯なんですよ(笑)。
池ノ辺 きっと何かがいましたよね(笑)。
渡辺 一生さんたちとも「絶対いますよね」なんて話をしていたんですけど、そういう見えない何かがすごく濃密な空気として感じられました。
池ノ辺 そういうところで撮影ができるというのは素晴らしい貴重な体験ですよね。役者さんたちはどうでしたか。
渡辺 撮影が始まってしまえば、皆さんいつも通りの自然体の演技でした。撮影の直前に、モナ・リザの前で、たまたま一生さんと飯豊(まりえ)さんと3人で話をするタイミングがあって、「3年前に『ルーヴル〜』やりたいよね、なんてことを夢物語で言っていたのに、今こうしてモナ・リザの前で話しているってなんかすごいね」という話はしました。
池ノ辺 きっとそれはモナ・リザも話を聞いていましたよ(笑)。今回、映画になるということで何か意識した違いはありますか。
渡辺 大きな違いはないと思います。といっても、テレビシリーズの時から画角にしても映像にしても僕の好きなように撮らせていただいていましたから、映画もその延長でした。
池ノ辺 この作品で地下の「Z-13倉庫」のシーンは一つの大きな見せ場だと思うんですが、真っ暗な中で出てくる絵も黒と、非常に印象的でした。
渡辺 そうですね。テレビは家庭の明るい環境で見ることが多いですが、映画館では真っ暗な空間の中で観ることができます。黒の中の微妙な違い、グラデーション、そういったデリケートなところも表現できると思うんです。それはスクリーンで観る良さだと思います。それでも真っ暗な倉庫の中のシーンを長い時間見続けるのは辛いと思うので、それを楽しめて、暗い中でもしっかりとエンターテインメントになるような工夫はしているつもりです。
池ノ辺 それはぜひ大きなスクリーンで観たいですね。
自分が楽しむ。そして撮影現場のライブ感を表現したい 池ノ辺 監督は子どもの頃から監督になりたかったんですか。
渡辺 大学に行って就職の時に何をしようかと考えたときに、映像に携わる仕事をしたいなとは思っていました。もちろんテレビっ子でしたから、当時全盛だった特撮ものやヒーローものが大好きでしたし、テレビで放映される映画もよく見ていました。それで大学進学で東京に出てきてからは、授業に行かないで映画ばかり観ていました。ただ、実際に自分がその仕事をするというイメージは就職を決めるギリギリまでなかったんです。それでも、結局好きなものに関わる仕事がしたいと思って、こういう仕事に就くことになりました。
池ノ辺 NHKでも素晴らしいお仕事をたくさんされていますね。
渡辺 ありがとうございます。
池ノ辺 監督が映像をつくる際に、何かこだわっていることはありますか。
渡辺 撮影の場で自分が楽しくなることでしょうか。自分が楽しくないといい芝居は撮れないと思うんです。そこで起きていることをどう楽しんで、楽しんだものを演者さんやスタッフたちにどう伝えるか。そして、最初から決められているものをその通りにやるのではなく、撮影現場でのライブ感というか、その日その時間、その場でしか撮れないものは何か、そういうことはいつも考えていることです。
池ノ辺 最後になりましたが、監督にとって映画って何ですか。
渡辺 そもそも映画と出会わなければ、自分はこうした仕事をしていないでしょうし、例えば大変なことがあったり辛いことがあったりしたときに、映画を観て、そこからリセットして、もう一度やる気を出して、という力があると思うんです。今、自分がそういう影響力のある表現媒体の一端を担えるというのはとても光栄だと思っていますし、これからも機会があればどんどん携わっていきたいと思います。
インタビュー / 池ノ辺直子 文・構成 / 佐々木尚絵 写真 / 岡本英理