Yomu Jump (12/2002)
An interview with Hirohiko Araki and Otsuichi from the December 3, 2002 issue of Yomu Jump about The Anatomy Lesson of Dr. Nicolaes Tulp.
Interview
「僕にジョジョのノベライズをさせて下さい。大好きなんです!」そのひとことが、漫画界の巨星・荒木飛呂彦先生と小説界の若き俊英・乙一先生を出逢わせた・・・。
荒 最初、「乙一」って「おといち」さんだと思ってました。
乙 「おといち」でもうばっちりです。「きのとはじめ」と読んだ人もいますから。
編 乙一さんは、子どもの時、少年ジャンプの発売を待ちこがれて買いに行ったほうですか?
乙 行ってました。福岡は火曜発売だから月曜発売のところが羨ましくてしかたなかったです。
編 やっぱり『ジョジョ』を・・・。
乙 読みます。
編 『ジョジョ』をそんなに気に入ったところって、どこですか?
乙 ほかの作品にない、何かがありましたね。
編 荒木先生は「ほかの作品と自分の作品はこう違うんだ」というものは・・・。
荒 ないですね。ただ、何かね、僕は人から誤解されることがすごく多いんです。例えば兄弟の中ではね、妹が悪いのに僕のほうが怒られたり、無実の罪というか、そういうのが子どものときから多いんです。あと、何か学校で事件があったとすると、容疑者が僕だったりとか、何か日ごろの言動のせいかもしれないんですけど・・・。漫画も「100%理解されてないのかな」というのがしょっちゅうあって。でも、もうなれてしまって、それでもいいかなという感じで、無理に合わせようとしないんですよね。例えば編集部とかもこうしろとかって言ってくるんですよ。だけど、できないときはちょっとこのまま行くかなみたいな。貫くと言えば格好いいかもしれないけど、何というか、気にしないことにしている。そうすると、自然とこういう感じになるのかなというのもあるんですけど。
乙 僕は編集の人からは、何も言われませんね。
荒 それはいいですね(笑)。でも、無実の罪とかあんまりないでしょう。
乙 いや、ありますよ。それがほんとうに苦痛になって、一本書きました。
荒 あるんだな、やっぱりみんな。
乙 僕はクラスで全然しゃべらないんですよ。それで、ずっと黙っていると、相手が勝手に僕のことを想像するわけです。僕がずっと黙って座っていると、何かこんな人間なんじゃないかとか、勝手に思われていて・・・。それに全然クラスメートとコンタクトはなかったので、普通に生活していると、いつの間にか、全然自分の知らない僕のイメージができ上がって、いろいろな誤解を・・・。
編 例えば根暗なんて言われてた・・・?
乙 根暗。それは正解ですけど(笑)。
荒 誤解じゃないんだ!
乙 研究室配属のいざこざがあって、ちょっと僕が不正をしたような、だめな人間のやることをやったようなふうに誤解されて。でも、あんまりクラスメートとかコンタクトはなかったので、それは誤解だというふうに弁解する相手もいなくて、まあ、しようがないかなと思いつつ、過ごしたりして・・・。多分、今でもそんなふうに思われているんじゃないでしょうか。
荒 でもね、無実の罪もずっとやっているとね、あるとき認められるときがあるんですよ。それを知ると、誤解されていても、何かちょっと時期を待とうかなとか、それを学んでくるんですよ。漫画家になったときに、ちょっとそれを学んだんですよ。学んだというか、そういうものなのかと思うんですよ。認められたのは、やっぱり漫画だったんですよ。少年のときはほんとうに誤解されることが多くて、だけど、何か自分の好きなことで少年ジャンプで賞とかに入ったら、これでいいのかなと思ったとき、それが始まりだったかもしれないですね。やっぱり自分を変えないほうがいいというか、変えなくても、やり続けていると、二年後とか三年後に、だれか理解してくれる人とかが出てきたりとかするんですよ。
編 乙一さんは、ジャンプ小説大賞で大賞をとられてから、何冊か話題の本を出されて、今では世の中に認められた存在ですが、どこか自分の中での変化を感じることはありますか?
乙 うーん、何か微妙です。
編 微妙。
乙 変わらずに、そういうコンプレックスを、恨みみたいなものを、ずっと持っていたほうが、書く原動力になるような気もするし、そうやって認められてよかったという気持ちもあるし・・・。
荒 でも、乙一さんはすごい若くして認められていますよね。最初の作品とかは、友達みんなが「これは面白いな!」とかっていう感じだったんですか。 乙 いいえ。僕の身の回りには、そう言ってくれる人はいなくて、いろいろな人にも黙っていて。
荒 でも、手ごたえみたいなものがあって、「これはいける」という感じじゃないんですか?
乙 賞をもらった時は、何かの間違いだと思いましたね。むしろ「やばい」って・・・。それに受賞した作品は、幼い子供が死体を隠しまわる話ですから、親にすごく心配されました。
荒 それはあるよな。うちのおばあちゃんは、僕が上京したときに、東京で殺人事件とかが起こるとニュースが全国に流れるじゃないですか。犯人は僕だと思って、いつも仏壇に「違いますように」と願ったらしいんですよ。「何で?」って思いますよね。日ごろ殺人の話とかをしているからなんでしょうかね(笑)。 荒 今回のノベライズは少年のキャラクターがいいですよね。これも何か少年の、ある意味、ハリー・ポッター的な成長話というのになっているんですよ、これも。少年がどんどん成長していく話になっていて、そこがもう最高にいいんですよ。これは。多分、読んでないですけども、さっきの兄弟が死体を隠すやつも、そういうふうになっているんじゃないかな。隠しながらも、少年が成長していくって。
乙 なってないですよ(笑)。
荒 そうですか(笑)。
乙 今回書いていて、本当に思ったことは、荒木先生は漫画に何か父性的な感じがするんですよ。
荒 そうなの?
乙 自分の小説の中には、母性的なイメージが自分で見ていてつきまとっていたんです。他社から出した小説とかで。ですから、今度は読者が僕の小説を読んでどう思っちゃうんだろう・・・、そんな気持ちをずっと抱いていました。僕はどう書けばいいんだろうという感じで。
荒 僕は「父性的」というイメージはわからないけれども、でも、自分なりに書いたほうがいいと思うんです。母性的なら母性的なほうに持っていったほうが。
乙 荒木先生が、だれでしたっけ、好きな映画監督で、よくジャンプの目次のページに・・・・・・。
荒 マイケル・マン!
乙 はい。あんな感じの、男対男という戦いがあって、ジョン・ウーの銃を突きつけ合う感覚みたいなのが、僕の考える『ジョジョ』の中にあって、女の子が入る余地のない感覚というのがあるんですけど、僕の書く小説は、何かちょっと女の子が主人公になるパターンが妙に自分で考えて多かったんですよ。こんな『ジョジョ』は女々しいと思われるんじゃないかとかと思って。今回の話も少年がいて、母親がいて、ちょっと女々しいことを考えていて、こんなものを読んで大丈夫かなとか・・・。
荒 それは全然大丈夫だと思いますけど。なるほど、そういうことか。
乙 はい。
編 今回、四部をノベライズしていただきましたが、乙一先生は何部がお好きですか?
乙 どれも好きですね。
荒 でも、乙一さんという名前を聞いて、四部というイメージはすぐパッと来て、ああ、なるほどと思ったんですよ。大体、話が来たときに、何かね、ちらとその人の好みというのがわかるときがあるんですよ、片鱗が。例えばゲームなんかでは、絶対、こいつ、使わないだろうなというキャラクターとかを出したいとかって言ってきたりするんですよ。そのときに、「あっ、この人はこういうことを考えているな」というのがわかるんですよ。
編 普通、ノベライズといったら、それなりのキャラクターというのはみんな出てくるんですよね。
荒 そうですね。
乙 今回は、仗助だけ。でも、もっといろいろな作家さんが四部のノベライズを書けば面白いんじゃないかとか思いましたよ。四部は可能性がすごく残されている感じがします。
荒 そうですね。でも、この作品は、もう殺人鬼の吉良吉影が死んだあとの・・・。時間的にそうですよね。
乙 そうです。そういえば、仗助はその後はどうなったんですか? 進路とか。
荒 だから、そこで世界は閉じてて永遠の時を刻んでいるから。だからこそ、乙一さんが書けるんですよ。どこかに出てきちゃだめなんです。康一君はそういう語り部なんで、出てきたりしますけれどもね。
編 先生は、スタンドをお書きになるときに、必ずロックバンドの名前を・・・・・・。
荒 今回は悩んでんだよね。
編 そんなにやっぱりロックばっかりお聴きになっているんですか。
荒 いや、そういうわけじゃなくて、何かね、統一したいんですよね。そうすると、マニアがね、知っている人も知らなくても、何かこうくすぐられるところがあるというか。
編 乙一さんは、ロックはあんまり聴かないんですか。
乙 あんまり聴かないです。でも、『ジョジョ』を読んで知っちゃったんですよ。レコード屋に行って、「あっ、ジョジョで出てきた人だ」とか思って。
荒 そうですね。スタンドの名前がわからない人は別にわからなくていいんですけど。でも、今回のスタンドの名前、乙一さんに頼まれているから、ちょっと悩んでいる、どうしようかなって。乙一さんの作品を、壊しちゃいけないなとも思うし・・・。
乙 名づけ親、よろしくお願いします。
荒 考えてみますけど・・・。