Manba (February 2023)
Interview Archive
An interview conducted with Isao Tsuge, costume designer for the "Thus Spoke Kishibe Rohan" TV Drama and film, published on Cinematoday.[1]
Interview
岸辺露伴の衣裳がモノトーンになったワケ
Q:「人物デザイン監修」とは、登場人物たちの扮装を統括する役割を指すそうですが、ドラマ・映画「岸辺露伴」では具体的にどのような作業を担当されたのでしょう。
I: まず扮装ビジュアルのコンセプトを決めていきます。それから各キャラクターのデザインを描き出す。そうすると、オリジナルとして作るもの、既製品から選ぶものに分かれます。作るものはデザインの通りに作っていき、選ぶものに関しては“こういうものが欲しい”とスタイリストさん、あるいは小道具の方にディレクションをする。そうしたら彼らがいくつかパターンを提示してくれるので、その中から選ぶという流れになります。
Q:「岸辺露伴は動かない」のアニメシリーズやフルカラーで描かれた漫画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」では、露伴の衣裳はパステルカラーの印象です。実写化作品ではモノトーンが多いですよね。
IT: 世界観をモノトーンにしたいというのが渡辺一貴監督のお考えだったと思います。荒木先生の原作は「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」のように着彩するとすごくカラフルですよね。おそらく原作を読まれているファンの皆さんは、モノトーンの漫画を読んでも、着彩されたイメージを持たれるんじゃないかなと思うんですけど、実写化にあたっては色を使うにしても彩度を抑えたい、モノトーンの世界にしたいという考え方でした。
Q:理由としては、ロケーションとのバランスも考えられるでしょうか。ドラマシリーズでは豪邸が立ち並ぶ山奥を舞台にした「富豪村」や妖怪伝説が伝わる山林が舞台の「六壁坂」、ご神木を祀る神社を舞台にした「ホットサマー・マーサ」など、自然が多く登場しますね。
IT: この作品が持っている一種の奇怪さというか、奇妙さを表現する時に、現実世界のロケーションを使わなければならないわけで、現実的な日常風景と、自然そして神社のような古くからある世界をつなぎとめていくことが必要だと思うんですよね。あとはスピリチュアルな表現においても彩度を抑え気味にした方が収まりがいいという判断だったのではないかと思います。
Q:原作のビジュアルにどこまで寄せるのかの匙加減が難しいと思うのですが、露伴のトレードマークであるヘアバンドは残されています。かなりインパクトのあるアイテムですが、残すことになった経緯は?
IT: ドラマの1期の時はスタッフ全員がどういう方向でやっていくのかわからない状況でしたが、荒木先生にはまず原作に寄せたかたちでデザインを提出したんですね。
Q:色味もパステルカラーだった?
IT: いえ、形状や雰囲気ですね。その際に、荒木先生がヘアバンドすら無くしてしまってもかまわないと。選択肢を広げてくださったんです。岸辺露伴の本質を損なわなければ、いくら変えてもかまわないという意図なのだろうと思いました。
Q:ヘアバンドが無くなると、一気に普通のカッコいい人になりそうです。
IT: ヘアバンドは自分としても残してよかったと思っています。この作品に関しては、ご覧になる人にとって、少しの違和感が必要だと思います。ドラマ1期の時は、リアルと奇妙さのバランスをとるというのは、自分だけでなくスタッフ、キャスト全員にとって手探りだったと思うんですよね。ヘアバンドに関しては無くす可能性もあったので、その場合は別の方法で奇妙さを表現したかもしれません。我々はご承知のとおり、ヘアバンドを残す選択をしましたが、それはかなり勇気が要る選択でもありました。見慣れない形状ですし、それが世の中の人にどのように受け止められるのかとドキドキしました。
Q:衣裳はどのように構築されていきましたか?
IT: まずは原作の露伴から感じるものと、演じる高橋一生さんから感じるものを自分なりにかけあわせることから。これは一生さんに限らないことですが、デザインを描く前にまず役者さんにお会いします。そこでご本人からインスパイアされて、イメージするのが第一段階です。
Q:デザインにはキャラクターの性格も反映されていますよね。例えば、ドラマ1期の「くしゃがら」は短編小説集「岸辺露伴は叫ばない」の一編が原作で、森山未來さんが演じた漫画家・志士十五のビジュアルに関する情報は「赤く染めた剃りこみ入りの髪やピアスつきの瞼」のみでした。ドラマでは左手の五本指にタトゥーが彫られ、右手は指無しの手袋をはめて中指と薬指にサックをつけていました。
IT: 岸辺露伴と志士十五の違いですが、露伴の衣裳は何かスタティック(静的)というか、几帳面な感じがある。かたや十五は同じ漫画家でも、露伴のような几帳面さはないですよね。そんなふうに何がキャラクターらしいのかを考えてデザインするのは当然のことなんですけど、デザイン画から起こしていく過程においては少し理屈を超えた次元が生じることもあります。
Q:例えばどんなことでしょう?
志士十五の衣裳にはかなり試行錯誤したのですが、彼の上着は当初黒ではなかったんです。あれは裏側なんですよ。表は浴衣から色を抜いた生地を使用し、洋風に襟を付け、長めのコートのような形にしたもので、気に入らなくてなかなか固まらなかったんですが、未來さんの衣装合わせの5分前ぐらいに自分で着てみたときに、ふと裏返してみたらどうかと思いついて。それまで計画立てて作ったものをひっくり返すわけだから勇気が要りましたが、その方が志士十五っぽいと感じた。ただ頭で描いたイメージ通りに作って着てもらって、寸法がぴったり合っている、それなりに似合っている、というだけでは足りないことってありますよね。
Q:岸辺露伴に話を戻しますが、高橋一生さんに似合うように工夫されていることはありますか? 露伴のジャケットは七分丈が多い印象です。
IT: いえ、露伴のジャケットは十分丈で、袖をまくっているのでそう見えるということだと思います。そこは、デザインではなく着こなしの段階での判断ですね。衣裳が出来上がったら役者さんに着てもらって、より似合うためにはどうすればいいのか、精度を上げていくわけですが、一生さんが袖をまくって着ているのは、手の見え方を一生さんと僕がお互いに意識しているから。岸辺露伴は手を使う職業ですし、ヘブンズ・ドアーの発動シーンでは手の動きが重要ですよね。それに、一生さんの手はとても美しい。役者さんにそうした選択ができるようにするためには、袖をまくりやすいような柔らかい素材にしておく、といった工夫が必要になってきます。いわば言葉を超えたコミュニケーションですよね。 IT: 現在、NHKプラスクロスSHIBUYAで開催中のドラマ「岸辺露伴は動かない」展では柘植が手掛けたドラマ3期分の衣裳やデザイン画を観ることができる(~5月7日まで)。映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』では、露伴が初のコート&タイ姿を披露。作品のキーとなる「この世で最も黒い絵」やパリの街並みになじんだ衣装になるという。ドラマが放送されるごとに反響を呼んだ露伴の担当編集者・泉京香(飯豊まりえ)の衣裳にも期待が高まる。
(Reporting and writing: Editorial department: Yuriko Ishii)